2021年 3月 1日 (月)

外岡秀俊の「コロナ 21世紀の問い」(28) 欧州のペスト禍は社会や文化をどう変えたか

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「俗説」の背景と展望

   ルネサンスは「人間と世界の発見」であり、暗い中世から決別し、近代に向かう出発点になった。あるいは「宗教改革」は、「人間中心」のルネサンスに対するアンチテーゼだった。

   振り返ると私も高校の世界史でそう習った記憶がある。石坂さんが提示する社会史は、そのすべて否定するものではないが、そうした「俗説」とはかなり違う。15世紀から16世紀初頭にかけての社会は、一方では世俗的な利益を追求し、ペトラルカに従って都市での名声と栄光を求めたが、他方で黒死病の宗教的、社会的な危機を迎え、来世の救済を得ようと必死になっていた。ルネサンスの時代にも、人々の信仰心は篤く、宗教活動は盛んだった。こうした「二元主義」的な見方が、石坂さんの「心性史」が切り拓いた史観の特徴といえるだろう。

   例えば日本のある世界史の教科書には。欧州のペストに関する記述は3行で片付けられ、「荘園制を崩壊させた」などと書かれているだけだ。だがイタリアの高校で使う1000年~1648年を扱う「ヨーロッパとその他の世界」という全600ページの教科書にはペスト・飢饉の時代の記述に34ページもの紙幅を割いている。ペスト期を経た人々の子孫には、当時の苦難の記憶がしっかりと継承されているわけだ。

   したがって、ペスト・飢饉を軸に時代区分することによって、ペスト・飢饉が席巻した「中世末・近世」とそれを克服した「近代」という新しい区分を使うことが可能であり、そう提案したい、と石坂さんはいう。ルネサンスや宗教改革を中世と断絶した出来事とみなすのではなく、中世とは切れ目のない一体のものとして扱う考え方だ。この場合、「中近世」はルネサンスや宗教改革、絶対主義までを含み、「近代」とは産業革命やフランス革命などを起点とする時代ということになる。あるいは「前近代」と「近代」という概念を用いる。近世は絶対主義国家の形成、「新大陸」の影響など、別の重要な要素があるが、ペストがもたらした高い宗教性は忘れてはならないだろう。

   石坂さんが、ゼミの学生を指導してルネサンス期の絵画約600点の主題を調べたことがある。宗教画は89%を占めた。残り11%が非宗教画であり、その多くは戦争や肖像を描いたものだった。宗教画で多い順からいえば聖母、聖人、キリストだ。聖母の方が厳しいイメージのキリストより多く描かれているのは興味深いという。

   石坂さんが切り拓いた心性史という分野は、美術や音楽、文学その他の文化だけでなく、暮らしの総体を対象に、暦には記されない時代の心や考え方の奥底にあるパラダイムの変化を、実証的に考証する学問だ。そうした心性史の視点からいえば、「ペスト・飢饉期」は、「神の代理人」であるローマ教皇を頂点として、司祭、修道士らがピラミッドをつくる教会のパラダイム、「カトリック世界」が根底から揺さぶられる時代の転換期だった。 

   では、瞬時に国境を越え、パンデミックと化した今回のコロナ禍は、石坂さんの目にはどう映るのだろう。そう質問すると石坂さんは、高校2年生で経験した1964年の東京五輪を念頭に、次のように語った。

「あの五輪の標語は『世界は一つ 東京オリンピック』でした。冷戦で真っ二つに割れた世界でも、スポーツを通して一つになろう、という願いがこめられていた。今回も、コロナ禍はまさに、皮肉にも、世界を一つにしてしまったともいえる。コロナ禍は、次元の低いこれまでの「大国主義」や「自国優先主義」に冷水を浴びせ、国際協調を中心とするパラダイムに転換する機会をもたらしてほしいと思う。地球人が今回のコロナ禍で痛感した『運命共同体』の意識をもって協調して寄り添えば、これまで考えられなかった新しい世界が開けるのではないでしょうか。例えば、ワクチンの共同購入のために各国が加わる『COVAXファシリティ』の設立は、そうした動向の一つでしょう」
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