トヨタ自動車の高級ブランド「LEXUS(レクサス)」が2005年に日本にも導入され、2025年で20年を迎えた。レクサスのスタートは北米、そこから36年の長い歴史と実績があるが、トヨタは先のジャパンモビリティショーで高級車「センチュリー」をレクサスの上位ブランドとして独立させ、棲み分ける戦略を発表した。果たしてトヨタの高級車ブラントはどう変化するのか。
日本の高級車ブランドは日米貿易摩擦から生まれた
レクサスは日本がバブル経済の頂点にあった1989年9月、北米市場で誕生した。その前の86年3月にはホンダが「ACURA(アキュラ)」、89年11月には日産自動車が「Infiniti(インフィニティ)」を同じく北米市場で立ち上げている。当時の日本はバブル経済の絶頂期にあり、上位メーカー3社がほぼ同時期に高級車ブランドを北米でスタートした。
トヨタ、日産、ホンダの高級車ブランドは、1980年代の日米貿易摩擦から生まれたと言ってよい。80年に全米自動車労組(UAW)が日本車の輸入制限を求めて米国際貿易委員会(ITC)へ提訴。日本政府と自動車業界は81年、対米輸出台数を制限する「自主規制」を始めた。
自主規制を受け、日本メーカーは北米でクルマの現地生産を始めた。自主規制は93年度に終わるが、日本メーカーは1台当たりの収益向上を考え、それまでのトヨタカローラやホンダシビックに代表される小型大衆車(ベイシックカー)から脱却し、付加価値を高めることで、単価の高い高級車にシフトすることを目指す。